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不登校の子供がダンスを通じて。。。

不登校の子供がダンスを通じて。。。

不登校を諦めない。 愛と誠実さが子どもを救う唯一の方法です。

まさか我が子が・・・と思いましたよ。


スタジオウエストを主催されている巽詩郎さんは、穏やかな表情で話し始めてくださいました。

5年前、巽さんのご長男が5年生の時に、
学校でひどい体罰を受け、突然学校に行けなくなったのだそうです。

25年前にダンススタジオを立ち上げ、子ども達にダンスとミュージカルを指導していた巽さんにとって、不登校は対岸の出来事でした。
ところが、突然舞台は暗転し、背景が変わったように、巽さんの家庭に不登校というストーリーが始まったのです。

誰にでも、どこの家庭にも起こりうる事なんですよね。

巽さんの声は、今は穏やかで優しいお人柄や強い意志を感じさせるものでしたが、当時の衝撃や辛さは淡々と話してくださる端々に滲み出るようでした。


突然、学校を休み、部屋で一日中ゲームをしている息子さんが、心にどれほどの傷を受けているのか、それを考えると無理に学校へ行けとは言えず、
奥様と二人で不登校児をサポートする人達の話を聞いたり、相談出来る場所や人を探しているうちに、 千葉で不登校の相談ををされている赤沼先生に出会ったそうです。



赤沼先生も、ご自身の体験から、
子どもが不登校になった時には、無理に学校へ行けと言わず、子どもの要求は全て受け入れてあげるようにと指導してくださったそうです。


子どもは体罰を受ける事で、自分の存在を否定されたと深く傷付き、自己の存在を取り戻すために親を試すのだと。
だから、どんな要求も無条件で受け入れ、全力で叶えてあげなさいと。
それは、命がけの覚悟がいる戦いだったと、巽さんは少し辛そうにおっしゃいました。

ガンダムが好きだったYくんは、
ガンダムのプラモデルを買って欲しいと要求するのですが、

それが「同じ物を10個欲しい」と通常であれば、バカを言うなと叱られるはずの要求です。
巽さんは、その無茶な要求を、
「そうか、わかった」と、全て受け入れ、ガンダムのプラモデルを求められるまま10個買ってあげたそうです。


不登校の子どもの心は瀕死の重傷患者、救うための薬は失った心のピースを埋めること 。

それからも、
Yくんの要求は次から次へと続き、いつのまにかY君の部屋はプラモデルで埋め尽くされました。
ただ、Yくんがとても幸せだったのは、巽さんだけでなく、奥様も巽さんと同じ方向を見て、Yくんを命をかけて救おうとした事でした。


巽さんと奥様、お二人で連携を取り、
Yくんを一人にしない事、要求された事には全力で応える事、それと弟さんに対する愛情。
同じ方向を見て、同じ思いでYくんを救おうとしたからこそ出来たんだと思いますと、当時を振り返っておっしゃいます。

スタジオには他にも不登校の子どもはいるそうですが、みんなミュージカルのレッスンには元気に通うそうで、
不登校だからその子が普通ではない、というわけではないですよね、と、巽さんの優しい声。

元気に学校に通えるようになるまで3年以上の月日を要しましたが、
Yくんも今は高校生。
将来は俳優になりたいと夢を語り、夢に向かって動き出しています。

巽さんはおっしゃいます。

不登校は彼のせいではないし、
彼が特別なわけではないんです。
誰にでも起こりうることで、その時は親の愛が試されるんです。
忍耐の戦いでした。


私も妻も、本当にどうしてあげていいかわからなくて悩みました。
でも、息子は命がけで自分の命の価値を確かめようとしていました。
だから、私たちも命がけで彼の命の価値を証明しようとしました。


彼が再び元気に学校に行けるようになり、将来の夢を語り出した時は、本当に嬉しかったです。
もし、この体験が、今不登校で苦しんでいる子どもや親御さんの役に立つなら、
そう思っています。

苦しい体験は、意味があってやってくるのだとしたら、巽さんのご家族の体験は、きっとたくさんの人の救いになると思います。
また、Yくんが不登校だった頃、弟さんはどうしていたのか、弟さんに対してどうされていたのか、
それもまた、巽さんと奥様の愛の深さに触れる事が出来るお話でしたので、
次回はそちらもご紹介したいと思います。